薄恕一

難しい字ですね。
読みは薄 恕一(すすきじょいち)
 
薄 恕一のお話の前に…
相撲界でよく耳にする言葉「タニマチ」
意味・語源をご存じでしょうか。
  
「タニマチ」は
贔屓にしてくれる客や、後援者など
無償のスポンサーのこと。
  
最近では、スポーツや芸能界でも
使われているようです。
こちらはちょっと厄介な取り巻き等
マイナスなニュアンスで
使われることも多く残念ですが
本来「タニマチ」は
善意の無償のスポンサーでした。
  
1889年、谷町六丁目に
外科「薄病院」を開業した薄 恕一は
場所中、幕下力士のために
病院内に土俵を設けたり
幕下力士を無料で治療したり
小遣いを与え、面倒をみました。
 
それをきっかけに、谷町七丁目の医師が
力士の治療を無料でしたり
谷町界隈の呉服問屋たちも
なにかと力士を応援したことから
「タニマチ」と言われるようになったそうです。
今では少なくなりましたが、かつて春場所中、
この界隈に宿舎が多く構えられました。
 
薄 恕一は、力士だけではなく
幼少期から身体が弱く、貧しかった
直木賞のもととなった作家
直木三十五の面倒もみておられました。
 
医師薄 恕一は
 貧乏人は無料
 生活できる人は薬代一日四銭
 金持ちは二倍でも三倍でも払ってくれ
という方針を貫いた方。
 
西洋医学が育った上町台地で
「医は仁術」を貫かれたのですね。

桜は身近な花。
次々に咲く花は華やかだけれど
それでいて少し物悲しくもある。

どこにでもあるのに
開花を知らせるニュースまで。
ちょっと特別な花です。

桜の思い出は誰にも
ひとつやふたつあると思います。
毎年この季節に思い出す場面や
桜にまつわるエピソードを
お持ちではないですか?
 
こどもの頃
桜が満開になると、
役目を終えた花びらが
自宅近くの川を流れてきて
川面を桜色に染めました。
 
その桜がどこから流れて来るのか
どうしても知りたくて
友達と2人、満開の桜が続く川沿いを
自転車で遡ったことがあります。
 
どこまで走っても桜が満開で
その美しさは今も鮮明に覚えています。
このお話のオチは
両親からの大目玉ですが。
 
そのころ、自宅前の通りには
各家に一本ずつ桜の木があり
春になると桜の回廊になり、
ご近所集まってお花見も。
でもリノベーションや取り壊しで
今では通りの桜は2本だけ。 

この2本の桜、川沿いの桜、
近くの公園の桜も
いまでは大切な幼馴染です。
 
この季節。桜が咲くと
桜の木に声をかけます。
今年もまた会えて嬉しい…と。