大阪城

事務所から15分も歩けば
大阪城が見えてくる。
見えてからがなかなか遠いけれど
行こうと思えば歩いて行ける。
 
「秀吉の城」が大阪城のイメージ。
でもその前に石山本願寺があった。
あの信長と戦った「石山合戦」だ。
 
その跡地に秀吉が15年をかけ築城。
規模は今の5倍以上だったらしい。
その大阪城もご存知のように
「大坂夏の陣」で落城し焼失。
  
そして徳川が秀吉の城の「上」に築城。
けれど落雷で天守閣の一部が焼失。
その後、明治維新の動乱で
大手門や多門櫓を残し天守閣は焼失。
明治維新後、この一帯は陸軍の管轄に。
  
今の天守閣は昭和6年に
初代大阪市長の関 一 氏が提案し
市民や豪商の募金で再建したもの。
でもまた建築物や天守閣の一部は
太平洋戦争の空襲で破損・焼失。

いまの大阪城天守閣は
戦後、公園とともに整備されたもの。
誰の城でもいいんです。
戦いに翻弄されながらも
多くの人の想いを抱きそこに立つ城。

天守閣にはエレベーターもある。
その時代毎に姿を変えて
今に至った城の歴史を考えると
それも自然に思えてくる。
 
大阪城周辺や上町台地には
古墳時代からの遺跡が眠っている。
飛鳥~奈良時代には難波宮があり
ここが日本の都だった。
 
今ここにいる私の下には
幾重にも重なった歴史がある。
詳しいことはわからなくても
1300年以上の歴史の重なりに
感謝の気持ちを込めて
思いを馳せることはできる。

なんだか大阪城の歴史が
つい最近の話のように思えてきた。

頑張る天邪鬼

コロナ禍で家にいる時間が増え
子供の頃に遊んだ場所や
自転車で探検した場所を
お散歩コースにして散策する。
  
不思議なほど町は子供の頃と変わらず
子供の頃は気に留めなかったことに
興味をもったり、色々感じたり。
見落としていたことにも気づき
新しい発見もあったりする。
  
自宅から2㎞程のところに
往時は堀を構えていた大きなお寺がある。
本堂の屋根からの雨水を受ける
天水受を支える天邪鬼が四隅にいる。
 
それぞれの真剣な表情が可笑しい。
頑張る様子が何だか愛らしい。
あちこちで仁王様や仏様に踏まれて
ぺちゃんこになってる天邪鬼とは違う
頑張って仕事をしている天邪鬼。
 
天邪鬼はきっと誰かに
「天水受に落ちた天からの法雨を
 こぼさず支えられるわけないね」
とでも言われたのだろう。
意地でもこぼさない!と必死で
バランスをとって支えている。
 
性格を利用してうまく使われちゃった。
なにしろ「あまのじゃく」ですから。 
 
「大変ね。頑張ってるね。」
頑張る天邪鬼をどこかで見かけたら
声をかけてみましょう。
「大丈夫だし…頑張ってないし」
とつぶやく声が聞こえるかも。
   
※天水受を支える天邪鬼はあちこちに。
 京都西本願寺や大阪一心寺にも。