事務所界隈の風景

ここ数年の事務所界隈
ずっと工事の音がしている。
 
安堂寺町に引っ越した頃
事務所ビルの通りには
古い町家がたくさんあった。
間口は狭いけれど
弊社のあるビルと同じ奥行き。

表通りは店舗があり
中庭を挟んで住居スペースと
昔ながらの「うなぎの寝床」
そんな町家がたくさんあった。
 
ここは熊野街道と
暗越奈良街道が重なる通り。
往時は八軒屋浜からの旅人が
賑やかに行き交う街道だった。
  
数年前、ビルの隣りにあった
古い電気屋さんの建物が無くなり
一時、駐車場になったが
昨年から工事が始まり
もうマンションが立った。
 
マンションの工事が始まった頃
埋蔵文化財が見つかり
しばらく調査をしていたけれど
掘って記録して元に戻し
その上にマンションが立った。
 
このあたり上町台地は
古代遺跡、難波宮跡、石山本願寺
豊臣の大坂城の上に徳川の大坂城。
都市や経済発展の歴史とともに
明治・大正・昭和にかけての
軍都大阪の遺構が残る場所でもある。
 
何層にも重なる歴史があり
どこを掘っても何かでてくる。
それを都度調査や保存は難しい。
よくわかっているけれど残念。

スマホに8年前の写真があった。
お隣りの電気屋さんの看板は
東面に「東芝カラーテレビ」
西面に「東芝電子レンジ」
  
通りの街灯が徐々にLEDにかわり
旧街道の往時を偲べる風景も
記憶と記録になっていく。

まだまだ残る風情を風景を
しっかりと記憶に刻んでおこう。

菜の花忌

かなりローカルな話。
バレンタイン前のこの時期になると
近鉄奈良線八戸ノ里駅から南側では
あちこちで菜の花が咲く。

駅から菜の花が咲く道を南へ歩き
高校のグランド添いに西へ向かう。
閑静な住宅街の中
小さな林に溶け込んだ建物が見えてくる。
司馬遼太郎氏の自宅と記念館がある。
 
司馬遼太郎氏の自宅に隣接する
シンプルで壮大な記念館は安藤忠雄設計。
司馬遼太郎氏の蔵書6万冊の中から
2万冊が天に向かって高く伸びた壁に
整然と並べられている。
  
司馬遼太郎氏の命日2月12日を
「菜の花忌」という。
この日が近づくと
記念館の方々や近隣の方々が
心を込めてお世話されている菜の花が
記念館敷地内はもちろん周辺の住宅街や
広いエリアのあちこちで満開になる。
 
学生時代からずっと
司馬遼太郎作品が好きだった。
生前にこのご自宅の場所を知った時は
あまりに近くで驚いた。
偶然に駅前の喫茶店で
お見かけしたことも数回あった。
あれから何十年。
ずいぶんと時間が過ぎた。
 
相変わらず私は
お気に入りの司馬作品を繰り返し読む。
もちろん他に読みたい本だってある。
でもまだ山程ある未読の司馬作品を買う。
まだまだ先は長い。

今も記念館に行く。
たまに行く。そして何度も行く。
他の記念館のように観る場所ではない。
なんだろう。
蔵書に圧倒されながら天井を眺める。
ゆっくり庭を眺める。そこで本を読む。
ただそこに居たい。不思議な場所。

今年も菜の花がきれいに咲いている。

南天と千両と万両と

お正月にはこのトリオのどれかが
かなりの確率であちこちに飾られる。
赤い実をつけてよく似ているけど
それぞれ個性がある。

我が家も年末に千両を買ってきて
リビングと玄関に飾った。
でも家のあちこちに飾りたくて
切り放題のおとなりの南天を
台所にも洗面所にもお手洗いにも
好きなだけ飾ってみた。

でも南天と千両…ときたら
やっぱり万両も欲しくなる。
これまたご近所のお庭から頂いて
2階の和室やお風呂場に飾った。

1月下旬になっても赤い実トリオは
それぞれが家の中を明るく
お正月らしく飾ってくれている。

ちなみに…
南天は
赤い実が枝の先に房状につき
葉は細長く尖って羽状に並ぶ。

千両は
赤い実が葉の上に数粒ずつまとまり
葉は大き目で艶があり
向かい合って生えている。

万両は
赤い実が葉の下に垂れ下がるようにつく。
葉は千両より細めで交互に生える。

我が家はいま赤い実オールスターズ。
そしてもう少ししたら、
コツンコツンと床に赤い実が落ちる。
これが一気にくるとなかなか大変。

毎年この赤い実たちと新しい年を迎え
赤い実が落ち始めると
春に向かっていると
気持ちが切り替わり背筋が伸びる。

今年はまだ落ちない赤い実
待ち遠しい春はまだ。

すきま風

昨年の夏は暑く長かった。
「早く涼しくなって欲しい」と
みんなの願いを背負った秋は
え?と思うほど短かった。
気が付くと涼しいではなく寒い。
 
年末年始の休みのあと
コンクリートのビルの7階
北向きの大きな窓がある事務所は
とってもよく冷えてる。
でも気密性が高いから
しばらくエアコン全開にすれば
思いのほか早く暖かくなる。

事務所はまぁいいとして
自宅で「気密性」という言葉は
浴室とトイレ以外は該当しない。
 
外に面した窓やドアはもちろん
家の中の障子や襖も全部閉める。
それでもいつだってなんとなく
空気が動いている。

空気が乾燥する季節だから
サッシではない木製の障子や襖には
どうしても数ミリの隙間があく。
そこからすきま風が入ってくる。
風が強い日は壁と柱の間からも
すきま風が入り込んでくる。

良いように言えば、
いつだって家の中は
フレッシュな空気が循環している。
どんな暖房器具を使っても
たぶん一酸化炭素中毒にはならない。
大好きな火鉢も安心して使える。

雨が降って湿度があがると
すきま風はあまり入ってこない。
木造建築の良いところだ。
「正倉院みた~い」と良いように考えて
ちょっと嬉しくなったりする。

新しい年を迎えて
暦の上では今月20日は大寒。
寒さはまだこれから。

なんだかんだ言いながら
夏涼しく冬超寒い我が家が好き
カイロや暖パンと仲良くしながら
この季節を楽しんでしまおう。

イルミネーション

毎年この時期になると
御堂筋の渋滞に紛れ込み
アメリカ大使館あたりから長堀通まで
ゆっくりゆっくり光を楽しむ。

いつもなら流れの良い車線に移動し
早く目的地へ着くように走る。
でもこの時期は徹底して左側道
ずっとキープして走る。

御堂筋イルミネーションは
2009年に始まり歴史はまだ浅い。
今ではなくてはならないイベント。
銀杏の木はさぞ迷惑だろうと思いつつ
幻想的な景色を楽しみながら
一年の出来事を振り返りながら
変わらず年末を迎えられることに感謝する。

夜の闇にともす火や灯りに
特別な意味を込めて
想いや願いを託してきた文化は
世界各地で共通している。
焚火の周りに集い、神前に燈明を捧げた。
家の窓からこぼれる光は
安心や愛情を感じることができる。

古代から光は生命や希望の象徴で
闇は怖れと忌み嫌うものと結びつき
光はそれを押し返す存在であり
神聖なものでもあった。

御堂筋イルミネーションは賛否両論
けれど古来から受け継がれてきた
「光に意味を託す文化」
そのひとつなのかもしれない。

普段は仕事のフィールドである御堂筋。
大阪のメインストリートで
日常と非日常が光で演出されている。
単なる照明に照らされた景色ではなく
人間がずっと心の中に灯してきた感情を
都市空間に可視化している。

毎年テーマがあり、新しい試みもあり
変化し続けているけれど
基本的な部分はずっと変わらない。
ただ美しいだけでなく
人の心の中に育まれてきた祈りや想い
いろいろな感情が戻ってくる。

華やかだけれど、どこか静かで
人も車も穏やかにゆっくり動いていく。
冷たい凛とした空気の中
降り注ぐ光に包まれて
この一年を振り返ってみませんか。

色づく葉

紅葉の時期もすぎて
風が吹くたびに枯れ葉が散って
すっかり冬の景色です。

同じ色が変わる葉でも
赤くなる木と黄色くなる木が。
どちらも好きだけれど
ちょっと気になった。

まず見ての通り色素が違う。
秋になって赤くなる木は
アントシアニン(赤)を新しく作る。
糖分が葉に多く残りやすい性質らしい。
カエデ・モミジ、ナナカマド、
ハゼ、サクラなど

そして黄色くなる木は
もともと葉に黄色があり
カロテノイド・キサントフィル(黄)が主役。
秋になりクロロフィルが分解されると
自然に黄色が見えてくるだけ。
イチョウ、カラマツ、ポプラ、ケヤキなど

植物はとっても賢いので
そのあたりには植物側の戦略もある。

赤くなる木は赤のアントシアニンで
強い光や寒さから葉を保護し
「日焼け止め」的役割で
酸化ストレスを抑えて
栄養を幹や根にまわす時間を稼ぐ。

黄色くなる木の黄はカロテノイドで
光合成を助ける補助色素。
夏から存在して特に防御用ではない。

同じ木でも色が違う葉がある。
日当たりがいいと赤くなり
日陰だと黄色から茶色で終わる。

昼暖かく夜冷えると赤くなり
急な霜・低温だとそのまま散る。

また土が適度に乾燥すると
きれいな赤になりやすく
肥料が多く、湿りがちだと
黄色から褐色になりやすい。

言いかえると…
赤は作られる色。
黄は元々ある色。
赤は保護のための色。
黄は素の姿。

なんとなく
人間に似ている気がする。

見る人を癒してくれる紅葉にも
ちゃんと意味や役割がある。
それでいて美しい。

四季のある国だから
感じることが出来る。
日本に生まれてシアワセと思う瞬間。

干し柿

7年ぶりに干し柿を作った。
両親の大好物だったので
コロナ禍前は毎年作っていたけれど
ずっと作っていなかった。

毎年、宮津でいただいた柿を
ベランダの軒下に吊るしていた。
「明日は食べ頃」と楽しみに
翌朝ベランダに出ると
何度か干し柿が消えていた。
 
カラスは賢くて食べ頃にもっていく。
そして両親に残念なお知らせをする。
そんな年も多かった。
両親が居た最後の年の干し柿も
食べたのはカラスだった。
 
一人だと、たくさん要らないので
ずっと作っていなかったけれど
今年は綺麗な干しやすい柿を頂き
以前と違う方法で吊るしてみた。
干し柿の仕上がりに加えて
カラスとの知恵比べを楽しんだ。

使っていない部屋の窓際に吊るし
窓をあけて風を通しておいた。
網戸があるからカラスは来ない。
きっとカラスはどこかで見てて
あれこれ考えただろうけど
さすがに網戸を破ってまで
持っていくことはなかった。

通りに面した窓に吊るしていたので
ご近所の人生の大先輩方が
「懐かしいなぁ。昔は作ったなぁ」
と、毎日家の前を通るたび
2階の窓を楽しみに見て下さった。

ちょっと色は黒いけれど
カビも生えず、カラスにも盗られずに
甘くて美味しい干し柿が
16個出来上がった。

出来上がるまで毎日見て下さった
ご近所にお裾分けをして手元には3つ。
美味しくて、もう食べてしまった。

ご近所さんも一緒に楽しめた干し柿。
来年はもっとたくさん
通りに面した窓に吊るそう。

上本町駅の鳩

自宅が駅から近いこともあり
通勤にはほとんど電車を使う。
近鉄大阪線で上本町駅まで行き
そこから晴れの日はぶらぶら歩き
雨の日は地下鉄谷町線を使う。

上本町駅は近鉄大阪線の終点。
近鉄百貨店上本町店
新歌舞伎座・近鉄YUFURA
シェラトン都ホテル大阪
かなりコアなハイハイタウンもある
なかなか使えるターミナルだ。
 
駅上のバスターミナルからは
関西空港、大阪空港直行バスがあり
空港へのアクセスもいい。
関西・大阪万博期間中は
直行バスが大人気だった。

買い物も食事もほぼここで完結できる
子供の頃から馴染みの駅。
規模も地上7面6線・地下2面2線の
実は日本で第3位のターミナル。

この上本町駅には鳩もいる。

朝の通勤時間に座れることはないけれど
仕事からの帰宅は始発駅で乗るので
確実に座って帰ることができる。

先発・次発・次々発あたりまで
出発待ちの電車が常時停まっている。
改札から先頭車両まで8両編成でも
ホームを軽く200mほどは歩く。

ホームを歩いていると
停車中の電車の開いた扉を
出たり入ったりしている鳩がいる。
かなりの確率でこの鳩達に会う。
人が乗ってきても慌てない。
慣れ切ってるので車内を歩き
気が向いたらどこかの扉から出ていく。

たまに、降り損なったのか
一駅キセルするつもりの確信犯か
本人に聞いてみた事はないけれど、
次の鶴橋駅まで乗って行く鳩がいる。
 
JR環状線・地下鉄との接続駅なので
かなりの人が乗車してくるけれど
開くと「降車優先!」とばかりに
胸を張って降りてゆく。
 
鶴橋駅に住んでいて帰宅したのか
鶴橋駅までお出かけしてきたのか。
車内で慌てている鳩を見た事がない。
私が利用するのは各駅停車なので
準急、急行、区間急行、快速急行を
利用する鳩がいるかどうかは不明。

可愛いなんて思ったことはない。
でもなんとなく面白くて
いつも駅のホームを歩きながら
無賃乗車する鳩を探している。

手帳

「今年もあと半年」と
つい先日まで言っていた。
でも気がつけばもう10月後半
2025年もあと2ヶ月と少し。
 
来年はもっと計画的に過ごそう。
毎年そんなことを言いながら
結局あっと言う間に年末を迎える。
 
でも手帳を見返すとそれなりに
いつだって公私ともに忙しい一年を
繰り返している気がする。
 
もう随分前から同じ手帳を使ってる。
薄く効率的に作られた手帳。
毎年色を変えているけれど
中身は同じ10月始まりの手帳。
人間が昭和なので週の始まりは日曜。
 
若い頃は1月始まりが好きだった。
でも予定の多い年末年始に
手帳を2冊見るのが面倒なので
10月始まりの手帳に変えた。
 
余裕のある9月末に準備して
ワードネットの創立記念日10月1日に
新しい手帳で新しい年度をスタート。
これが毎年恒例になっている。

スマホのスケジュールも使っている。
ジャンル別に色を変えて
スケジュール管理をしている。
遡ると2011年の予定まで
ちゃんと残っている。
 
でも紙の手帳は全く別もの。
細かいことまで書きこんで
ちょっとした日記に近い気がする。
 
スマホのスケジュールを見て
「そうだったなぁ」と思い
当時の手帳を探して開くと
その時の状況や心情的なこと
色々な情報が簡単に書かれていて
当時の光景が浮かぶ。
 
人生の大きな節目、冠婚葬祭
胸が痛くなるようなことも
簡単な言葉で手帳に書かれている。
 
AIが日常に使われ、技術が進んで
色々なことが効率的に処理されても
その瞬間を簡単な言葉に詰め込んで
書き込んだ文字にはかなわない。

新しい手帳は赤がベース。
楽しいこと、素敵なことを
たくさん書き込めますように。

万博

あと数日で大阪・関西万博も閉幕。
計画段階からすったもんだと
マイナスな話題が多かったけれど
予想をはるかに超えた来場者で
赤字も充分回避。
 
開幕前の「並ばない万博」は
「かなり並ぶ万博」になったけれど
どれだけ並んでもいい…と
何度も足を運んだ方が多くいる。
 
個人的には人混みが超苦手で
観光地での名物や名勝も
「並ぶならもういいかな」と
前まで行っても撤収するタイプ。

大阪・関西万博も最初から
「行かない気満々」だった。

そういう困ったヤツと知りつつ
「次回の日本で開催の万博は
 あの世からしか見れない」と
あれこれ計画してくれた人がいて
ただ後ろにくっついて行った。
   
大屋根リングとガンダムを見たら
帰ってもいいと思っていたが
9月末にもかかわらず
朝のゲートも10分足らずで通過。
予約不要のパビリオンを8つ。
花火も見てすんなりゲートを出て
10時すぎには家でゆっくりしていた。
 
大人気のミャクミャクも買わず
ナイジェリア館で民芸品をひとつ買い
お昼ごはんはファミマのおにぎり。
あちこち見て、色々な文化に触れ、
メッセージをたくさん受け取った。 
 
4つあるコモンズ(共同館)は
それぞれ知らなかった国もあり
経済・文化や国際情勢をはじめ
地域の複雑な事情なども
初めて知ることがたくさんあった。

ふと思った。

趣向を凝らした展示は別として
メジャーな国のことは
基本的なことも国際情勢も知っている。
でも決して裕福でないであろう国が
日本まで来て自国を紹介するブースは
見るべきブースだったのではと。
 
それぞれの楽しみ方がある。
お祭りとして楽しむことも素敵。
スタンプラリーも楽しい。
全館制覇を目標にがんばるのもアリ。
  
日本の木造建築技術を堪能した。
アムロが乗るにはちょっと小さいが
大好きなガンダムに会えた。
そして知らない国とも出会えた万博。
素敵な時間だった。