今里のロータリー

「今里のロータリー」
両親はこの交差点を
そう呼んでいた。
 
大阪市内の「今里交差点」を
そう呼ぶ人は今も多くて
私も両親から刷り込まれていて
ついそう言ってしまう。
  
五叉路になっているこの交差点。
昭和10年頃から昭和31年まで
交差点には信号がなく
車は円を描き流れていたらしい。
 
かつては大阪市電や
大阪市営トロリーバスも乗り入れていて
交通の難所だったらしい。  
ロータリーの入出にそこそこ慣れていないと
行きたい方向へスムーズに出るのは
かなりハードルが高かったと思う。

確かに、信号のある今でも
ここを始めて通る車や、
慣れない車はあたふたして
慌てて車線変更禁止の黄線を跨ぎ
車線を変えて行きたい方へ進む。
 
このロータリー。
実はもっともっと昔は
玉造から各方面に向かう
諸街道の中継点だった。
暗越奈良街道、北八尾街道、十三街道
各街道の分岐点でもあった。
  
この交差点はいつも渋滞する。
でも渋滞につかまった時は
各時代、往時の様子を想像してみる。
なんとなく周りの景色が
いつもと違って見えてくる。
 
「今里ロータリー」
はじめて通る方は
早めに車線変更をおススメします。

自宅の植物たち

事務所にはたくさん植物がある。
個人的に植物は「ある」ではなく「居る」
植物を「子」と言ったり
違和感を感じる方もおられると思うけれど。
    
このDiaryに以前書いたことがある。
事務所にはご縁があって
長く一緒に居いてくれた子がいる。
    
自宅にも植物がたくさん。
「緑がほしいから」と
買ったものはほとんどなく
ご縁があって来てくれた子たち。
 
頂いた子もたくさん。
大好きな場所で買って
想い出と一緒に連れて帰った子も。
  
お隣で頂いた紅葉。
一度葉も枝も枯れたけれど
根気よく世話していたら
昨年の春、かわいい新芽を見せてくれた。
   
駐車場のおじさんに頂いたサボテン。
お母さんサボテンは枯れたけど
残してくれた小さな赤ちゃんサボテンが
すくすくと元気に育っている。
  
数年前に奄美からきたガジュマル。
昨年小豆島から連れてきたオリーブ。
この寒い冬も、寒い玄関で
元気に過ごしてくれている。
 
8年前に高野山からきた高野槙。
苦手な暑さで最初の夏は弱ったけれど
大阪の夏の暑さにも負けずに
元気で背もかなり高くなった。
 
奈良藤原京跡のどんぐりたち。
1年以上、土の中で眠ったあと、
昨年、1鉢残らず芽を出して
みんな元気に冬を過ごしている。
 
亡父が大切にしていた鉢植え。
父が亡くなって元気をなくしたけれど
今は好き勝手に葉を伸ばしている。
  
友人から誕生日にもらった蘭。
花は咲かないけれど
緑のきれいな葉を見せてくれる。
 
植物は自分で動けない。
「ここムリ!」と文句も言えない。
置かれた環境に順応して生きようと
一生懸命頑張ってくれている。
 
ご縁があってここに来た植物。
適した環境には変えてあげられない。
 
ただ毎日声をかけながら
土に触れて水が欲しいか聞きながら
その子に適した方法で水をあげて
一喜一憂しながら見守るだけ。
でもみんな応えてくれている。

自然災害が頻繁に起こっている。
木や土や水、山や海や空や川、
人間はもっと自然に歩み寄って
声を聞かなくてはいけない。
 
人間が力づくで何とかできるほど
自然は弱く小さなものではない気がする。